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ピンチがチャンスに 入院生活で出会った人たち

管が首からのドレーン1本だけになり、自分で歩けるようになりました。

食事もおかゆが出てそれだけで満足でした。

手術前から、看護実習生の学生さんがついてくれて、検温など看護してくれていました。

手術後また様子を見に来てくれました。その後、看護教員の方がお話をしに来てくれました。
術後はまだ髪の毛もボサボサで、顔もしばらく人と話していない原始人みたいな顔つきになっていて鏡で見てどうしようかと思いました。
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そんな時に女優の鈴木保奈美に笑顔が似ている先生とお話ししていると、眠っていた脳細胞が活性化してきました。

私が日本の医療の素晴らしさや、日本に生まれてよかったですというお話をしました。
先生は、自分が若いころ厳しく教えられたことは忘れられないので、彼女たちにも、厳しく教えていますと教えてくれました。

なんだかそういうお話が聞けてうれしかったです。

実習生の学生さんもとても聞き上手で、精神的に回復が順調にいったのも、思えば、私が余計なことを考え始めたころ、カーテンを開けて挨拶にやってきてくれたからよかったのです。

髪を洗って乾かしてもらったり、シャワーのつきそいをしてくれたり、足湯マッサージをしてくれたり、お話をしたり和みました。

1週間の実習の最後の日は、名残惜しかったです。

命の大切さがわかったのは、自分が命にかかわる大きな病だったこともあります。
そして、看護師さんや看護師さんの卵の人たちと接して、朝から晩までずっと、命を守ろうとして、エネルギーを傾けて生きている職業の人たちと出会えたことが大きかったです。

精神的に、守られていました。
今もありがたいと思い、自分の体を大切にしようと思います。通院は、何か月に1回かですが続きます。

自分の人生の折り返しを過ぎたところです。ゴールはまだ遠いですが、入院してなんとなく、生きるって素晴らしいなと改めて気づいたこと、これからの人生で役に立つでしょう。

みなさんも、どうか、ご自愛ください。
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by ekiseicherries | 2016-12-31 07:55 | その他 | Comments(2)

今年のピンチ その2 手術

手術することで腹をくくったつもりでした。しかし、小学生の頃扁桃腺の手術をしたことがあるぐらいで、入院することは、嫌でした。

外科の先生に、秋になって涼しくなってからの手術をお願いしたら、「そんなもん関係ない!」と一括されました。

耳鼻科の先生から声帯を手術のとき傷をつけて声がかすれたり、高い声がでなくなる可能性があると言われました。

乳腺外科の先生は、「まあ、ちゃんと手術するつもりですがね。」と自信ありそうな笑顔で言われたので、なんとなくほっとして、信頼できる先生かなと思いました。

7月に入院しました。翌日手術で、全身麻酔でした。
全身麻酔するということはいろんな可能性があるので、麻酔医の先生に前日に説明を受けました。
手術担当の看護師さんからもいろいろ説明がありました。
当日は、夫にも手術の間、万が一のことがあるといけないので、病院から待機するようにお願いされました。

全身麻酔して5時間眠っている間に手術は無事終わりました。
声もでました。
それを見て夫は、帰りました。

その晩は、体から管が5本出て、動けませんでした。
声は出るのですが、痛みがありました。

2時間おきに、看護師さんが様子を見に来てくれました。
痛みで眠れず、痛み止めと眠り薬の入った点滴を打ってもらいました。
少し眠れた気がします。当直の看護師さんが頼みの綱で、神々しく見えました。
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だんだん元気がなくなってきて「チェリーズさん、声が出ていませんね。?」と言われ、はっと我に返りました。
ほんの一晩のことで、これはずっと続かないと、自分に言い聞かせ、なんとかしのぎました。

当直の夜は、クールで冷静な印象でしたが、廊下ですれ違ったら、飛び切りの笑顔で会釈してもらいました。


看護師さんという職業を選ぶだけで、なんか尊敬するのですが、国家試験を合格して、それからも、こうやって切磋琢磨して、命を守ろうという気持ちを持ち続けている方々がいるんだなと、
それを知りました。

質の高い医療を受けられたと思うのは、お医者さんだけでなく、医療技師や看護師の方々が、レベルが今まで受けたことのない高い意識の方たちでした。

日本の医療技術は高度で安心できるなと実感しました。
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by ekiseicherries | 2016-12-30 12:55 | その他 | Comments(2)

今年のピンチ

去年の師走に、風邪を長引かせ、なかなか喉の調子が悪いので、耳鼻科へ行きました。
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そこは、いつも耳の持病メニエールでお世話になっていて、風邪をひいても、なぜか行ってませんでした。耳の診察のついでに診てもらったら、首にしこりができていて、大きな病院での検査を念のために勧められました。

なんとなく不安で、大きな病院に春先に検査に行きました。ネットのうわさでは大きな針の注射を首に打たれると書いてありました。
大きい病院なので、検査にも予約とか」いろいろ段取りがあって、実際の細胞診まで何か月もありました。その間、恐怖で、精神的に不安定でした。

いよいよ次回がその検査と看護師さんに教えてもらったら、そんなに痛くなくてちくっとする感じですよ。と言われました。少し楽になりました。

実際、次の検査では、ベッドに横になって、管の付いた注射針で、ベテランのお医者さんが上手に痛くないように首に注射をしてあっという間に終わりました。

ふつうの注射と変わらない感じでした。
ネットの情報は、そんなにあてにならなかったです。
日々、医学は進歩しているのでしょうね。

細胞診の結果、は陰性でしたが、甲状腺の腫瘍が大きくなりすぎて、気管支を圧迫していて呼吸困難になるので、手術することになりました。

つづく
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by ekiseicherries | 2016-12-30 12:17 | その他 | Comments(2)

カナダ留学でのピンチ

今から20年近く前、カナダのバンクーバーというところで、勉強していました。

今、あんなこともあったなあと思い出すので、振り返ってみました。

まず危機一髪だったことがあります。

危機一髪 その1 スケートで転んで病院行き

バンクーバーは、スケートリンクがあちこちにあり、大家さんに誘われて出かけました。
スケートで転んで後頭部を打ってめまいがしていました。
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2日経っても気持ち悪いので、バンクーバー総合病院へ行きました。CTスキャンの予約を入れて1週間後に行くと、なんと、1週間ではなく1か月後の予約しかとれていなかったのです。

もし深刻な事態なら、私はもう生きていないだろうなと思いつつ、1か月後にまた行きました。今思うと、若気の至りで、日本に帰国してればよかったと思います。

日本人のクラスメイトが、どうせなら、MRIも撮ってもらった方がいいよと、言ってくれたので
言うと、MRI?なんだそれは? と言われ、それで終わりでした。

この辺日本と違ってカナダは都市部でも、選べるほど病院がないのと、設備は遅れているのだと思いました。今はどうかわからないけど。

カナダでの危機その2 植木鉢が頭の上から降ってきた!

幸いに、めまいはに治まりました。
健康状態も良くなり、友人と待ち合わせで、ダウンタウンへ行って、市立図書館の建物の下を通りました。屋上から目の前に、土が入った植木鉢が落ちてきました。

もう少し早く歩いていれば、頭を打って一貫の終わりでした。

誰かが意図的に落としたとしか思えないのですが、騒ぎにすることもなく、そのまま待ち合わせへ行きました。でも、しばらく身震いするほど怖かったです。

これが、もし日本で起きていたら、徹底的に追及していたと思います。バンクーバーで、警察沙汰にしても、あまり、親切でなさそうな警察なので、やめました。

カナダでの危機その3 麻薬をやってると疑われる



カナダ人の弁護士と検事の夫婦の家に学校から紹介されてホームステイしていた時でした。

半地下の部屋で隣の部屋は、韓国人の留学生が住んでいました。

ある春の日、学校の遠足で雨の中くたびれて、電気をつけっぱなしで寝てしまいました。

翌朝、ガウン姿の弁護士がやってきて、起こされました。

「君は、昨日の晩、大麻を刷っていなかったか?」と詰問されました。「電気をつけたまま寝て、ハングオーバーしていただろう?正直に言いなさい!」

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もちろん身に覚えがないので否定しました。しばらくして、隣の韓国人留学生が、二階に上がっていき、私のところにも謝りに来ました。

実は、物貰いができて、お灸をしてその煙が上へあがって誤解されたと。

ホームステイ先の夫婦は、その後一度も誤解したことを謝ることなく、私はそこをから、引っ越しました。

ダンナさんが弁護士、奥さんが検事のカップルなのに、人権を侵害しても、誤りもしないのは見事なもんです。
その時は若かったので、うやむやにしてしまいました。今なら人権侵害で謝罪と賠償を要求するけど、韓国人留学生の立場をおもんばかって、うやむやにしました。

違うところに下宿先を見つけて、同じ学校に通っていた韓国人の学生から後日聞いたところ、あの弁護士カップルは、お金を貯めてロンドンに留学したと教えられました。
けっこう下宿代払っていたのですがその割に食費を抑えられていて、完全ビジネスと割り切って留学生を受け入れていたようです。

日本でいれば、経験することのない苦い思い出です。
いろんなことを通り過ぎてみると、はっきり分かったことがあります。
穏やかで安全で親切な母国のありがたみです。

また、いい思い出もたくさんあるのですが、また今度の機会に。
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by ekiseicherries | 2016-12-22 10:05 | カナダ | Comments(2)