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あこがれの実業団チーム

三重県のソフトボール協会のブログを見ていたら、先週の実業団二部リーグの試合の記事がでていました。

大会の2日めには、地元の中学生チームが始球式をしたり、高校チームが試合のお手伝いに来てくれたそうです。

おばさんから見ても、キラキラした美しい輝きを思い起こさせてくれるので、少女からみたら憧れの世界でしょう。

桑名でこんな大会が開けたのは、桑名のソフトボール協会が働きかけて誘致していただいたおかげです。
多度地区にあるアイリスパークのような球場が2つあって、駐車場も広いというりっぱな施設が
あるからできたのです。
多度出身の伊藤市長のお写真、、もうちょっとかっこよく見えるお写真ありました。
ちゃんと腰が入って投げているじゃないですか。市政も役人にはぜひ腰を引かずに、真正面から対峙していただきたい。
少年時代にソフトボールやっていたのかもしれませんね。それとも、経験者の部下から特訓を受けたのかしら。
またまた親しみがわいてきたではないですか。どうしよう。イヤやわ〜。

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なんでも、地元の小学生中学生チームが県大会、全国大会へ出場することが増えたので、子供たちに生で実業団のチームの試合を見せてあげたいというソフトボール協会理事の方が地方紙にコメントをしていました。

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大会2日めに始球式をする明正中学ソフト部バッテリー

こういう始球式ってバッテリーで出るものなんですね。なかなか気が効いた演出ですね。
中学生にとって、思い出になるし、励みになりますね。
今年も県大会へ連れて行ってね。
去年は全国大会へも出場したそうで、すごいじゃないですか。

私は、自分を明正中ソフト部初代キャプテンだと思っていたのですが、最近中学の大先輩とお話して、昭和30年代にはソフトボール部があったらしく、一回廃部になり、それを私達で復活させたのが50年代でした。

なので私は初代キャプテンではなく、明正中ソフトボール部を復興したキャプテンだったのです。
明正中学は桑名で最初にできた2つの中学校の一つで伝統あるし、校風も、穏やかで勉強熱心というスクールカラーがあります。私の頃は、文武両道、部活動も活発で、1年の頃は、やりたい部活がなかったので帰宅部
でお勉強ばかりしていました。そんな私と親友を他のクラスメイトたちは、信じられない目で見てました。
せまい校庭にひしめきあってクラブ活動していた昭和の時代でした。

明正中は昭和のマラソンランナーで、オリンピックにも出場した瀬古選手の母校でもあります。
その当時、体育の試験で、福岡マラソンで瀬古選手は何時間何分の記録を出したか?という問題を先生が出すくらい、母校のヒーローでした。
冬になると、授業前に皆で校庭をぐるぐる走る鍛錬もあったし、体育の授業はもちろん後者の周りをぐるぐる回るロードレースの練習が熱心でした。先生はやはり教え子であった瀬古さんの影響受けてたのかもしれません。マラソン大会とは言わず、ロードレース大会がありました。ねんざする前には、足首完璧でしたし、身軽でしたから得意でしたよ、長距離も。

私が体育の先生だったら、教え子が日本を代表するマラソン選手になったら、うれしくって、体育の授業は、毎回走りこみさせたいですよ。話がそれましたが、桑名バンザ〜イ!

ずっと桑名市が続くように願います。
by ekiseicherries | 2014-05-25 08:04 | 試合


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