七転び八起き

去年春先までとある事務所でパートの仕事を引き受けてました。
途中で体調がおかしくなってきました。そしてあと少しというところで体調を崩しました。

仕事に行こうと思うとおなかが痛くなるのです。仕事の準備をした服を着替え行く寸前でダウンしました。

精神的に弱いのでしょうが、慣れない電話の対応での出来事がトラウマになりました。

ふだん、電話越しに感情的に怒鳴られることがめったにない生活を送っています。穏やかな人に囲まれています。

電話先とか、事務所の関係者とかに続けて電話で怒鳴られたことが自律神経にさわったのでしょう。

仕事はあと2週間の約束を残しやめました。

その時、もっと高い声で電話をかけなさいと何回も注意されました。

普段、歌を歌うときとか高い声出るのに、電話の声はなんで低いのだろう?と悩みました。
携帯電話まで平日の昼間に営業をかけるのは気が進まないのでテンションが低く声も低くなったのではと、今は冷静に思います。

人手不足から義理で引き受けた仕事でした。十分な研修なしにいきなり電話を掛けるのはきつかったです。

お給料をもらいに行ったら、嫌味を言われて、思い出すとフラッシュバックされて、じんましんが全身に出て、大変でした。

仕事をしたのはいい経験になりました。でもその手の事務所にはいろんな人が出入りしているのです。いい人もたくさんいたし、お話しできて収穫はありました。

落ち着いたころ、話し方教室へ通い始めました。
はきはきとしたしゃべり方になって、ダメ呼ばわりした人に見返してやると思っていました。

1年ほどたって、ある会合で自己紹介する機会がありました。
はきはきと言えたねと、評価が変わってきました。

話し方教室の先生のおかげです。
悔しさをばねに成長できたと思います。
頑張ってた自分をほめてやりたい。
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日本の何十年後かの心配をする前に自分の体を大事にしようと思います。
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by ekiseicherries | 2016-06-09 12:44 | 政治の話題 | Comments(2)
Commented by mabo89 at 2016-06-10 00:08
そうだったんですね?そりゃ大変だったでしょうね❗️
私も若い頃海外で(マレーシア)働いてた時、
自動車関係の会社でした。若いのにポジションが
上がりフロント課長と言う役職に就いて喜んだのは
ほんの束の間でした。名前ばかりで仕事の多くは
正直クレーム処理が仕事の殆どを占めてましたね❗️
しかも場所は海外で英語対応でした。
いっぺんに白髪が増えたのはその時です。
でも私は息抜きの方法として3日に一回銃の射撃場で
思いっきり射撃をしながら憂さ晴らししましたね❗️爆
キツイ仕事の場合は生きね抜きをする方法を先ずは
考えるべきですね❗️
とにかくお疲れ様でした。
Commented by ekiseicherries at 2016-06-10 09:05
マボさん 励ましのお言葉ありがとうございます!

職場の年輩の男の人からチェリーズさんはまじめな人だからと言われていました。
その時は、自分は真面目という自覚がなかったのですが、どうしてもサポートしたい人の事務所だったのでつい、力の抜き加減がわからず、一生懸命すぎたのでしょう。

息抜きとしては、買い物や、ランチタイムでした。
しかしランチタイムとて上司がやってきて用事をいいつけられ、気が抜けませんでした。そんなときトイレの鏡に映る自分の顔を見たらほっとしました。自分の顔にホッとするなんてよっぽど緊張していたのでしょうね。
家に帰ってニュースを見て安倍総理の顔を見てなぜか安らぎを感じました。なぜだろう?
1年経って時々思い出します。
でも、結果的に、いろんな人とお話しできる機会がありよかったです。
政治の話や、日本の次の世代のためにいろいろ考えている古老のみなさんともお話しできて、有意義でした。




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